宮城に行きました。
最近更新していませんでした。
フェイスブック中心になり、こちらのブログになかなか手が回りません
そんな中、8月6日、新潟恩返し隊のボランティアバスに乗り、宮城県東松島に行ってきました。
あるお寺の草取りや側溝そうじ。
日陰のない中、まる一日スコップで側溝掃除をしました。
泥の中にあるはずのないお玉、カメラ、中味のない絵本、車のバンパー、、、いろいろありました。
そのお寺は、海から数百メートル。本堂、近所の家、避難所はすべて流され、木々に服の切れ端たしきものが多数ひっかかっていました。
ご住職は震災の一週間後に本堂付近で見つかったそうです。
お寺のお墓は見るも無残。子どもがくずした積み木のようにばらばらでした。
遺骨も流され、お墓の中は泥があるだけでした。
8月14日に法要が行われるとのことで、せめて草を取り、お墓の形を整え、泥を掃除することしかできない私たちでした。
参加したボランティアさんはほとんどが新潟市内の方で、遠くは石川からの参加もありました。
初めて会ったみんなで力を合わせ、滝のような汗を流しながら過ごしたことを、私は忘れないでしょう。
中越沖地震のときも、初対面のボランティアさんとなんだかわからないけど一体感が生まれたことを思い出しました。
これからも自分なりに、できることを続けていきます。
フェイスブック中心になり、こちらのブログになかなか手が回りません
そんな中、8月6日、新潟恩返し隊のボランティアバスに乗り、宮城県東松島に行ってきました。
あるお寺の草取りや側溝そうじ。
日陰のない中、まる一日スコップで側溝掃除をしました。
泥の中にあるはずのないお玉、カメラ、中味のない絵本、車のバンパー、、、いろいろありました。
そのお寺は、海から数百メートル。本堂、近所の家、避難所はすべて流され、木々に服の切れ端たしきものが多数ひっかかっていました。
ご住職は震災の一週間後に本堂付近で見つかったそうです。
お寺のお墓は見るも無残。子どもがくずした積み木のようにばらばらでした。
遺骨も流され、お墓の中は泥があるだけでした。
8月14日に法要が行われるとのことで、せめて草を取り、お墓の形を整え、泥を掃除することしかできない私たちでした。
参加したボランティアさんはほとんどが新潟市内の方で、遠くは石川からの参加もありました。
初めて会ったみんなで力を合わせ、滝のような汗を流しながら過ごしたことを、私は忘れないでしょう。
中越沖地震のときも、初対面のボランティアさんとなんだかわからないけど一体感が生まれたことを思い出しました。
これからも自分なりに、できることを続けていきます。
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